日本の歴史スポットのレビューを紹介しています。家族のお出かけにもデートにも。歴史は刺激いっぱい、学ぶことも沢山あります。

中尊寺金色堂の口コミ・感想

更新日:

中尊寺金色堂の口コミ・感想

中尊寺金色堂の口コミ・感想です。

栄華の名残り

満足度
ニックネーム まめさば
レビュースポットの場所 岩手県平泉町
十数年前NHKの大河ドラマで「炎立つ」という小説が映像化されていました。三部作で奥州平泉の藤原氏の始まりから終わりまでを渡辺けんさん主演で描かれていました。平泉の金色堂にはミイラ化された当主が4代祀られていて、四代目の泰衡の首だけがない状態です。まばゆい金色堂の創建の裏には恐ろしいほどの殺戮された人々の霊を弔うという意味が混めらえれているそうです。金を巡り巻き起こる覇権争いはいつの時代も変わらないものですが、今は静かな木立の中にひっそりと建つ金色堂が何ともいえない美しさはかなさがあるとおもいます。

時間をかけてのんびりお参り

満足度
ニックネーム ペコ
レビュースポットの場所 岩手県西磐井郡平泉町
平泉が世界遺産に登録される前から何度か通っていますが、いつ行っても心が洗われるような素晴らしい場所です。
世界遺産になってからは、かなり観光客が増えました。週末は近場の駐車場はいっぱいなので、少し歩くことになると思います。金色堂までの参道は思った以上の坂道のため、サンダルやヒールは大変かもしれません。
道中には複数のお堂があるので、森林浴を楽しみながらゆっくり見て回るのがおすすめです。月見坂の途中にある、おそば屋さんもおすすめです。

みちのく永遠の仏国土

満足度
ニックネーム Ryu吉
レビュースポットの場所 岩手県西磐井郡平泉町
奥州藤原氏・ゆかりの寺といわれる中尊寺は、天台宗の高僧・円仁が850年に開山したと伝えられています。
その後、12世紀のはじめに、藤原清衡の手によって中尊寺の大規模な堂塔の建立が始まりました。以来100年にわたって、中尊寺のある平泉の町は繁栄したといわれます。
平泉の地に、永遠の仏国土を築きたい──。その藤原氏の願いが結実した中尊寺には、あの有名な金色堂もあり、黄金の国と言われた往時の繁栄ぶりがうかがえます。
「五月雨の 降り残してや 光堂」
江戸時代、芭蕉は金色堂を見て、この句を残しました。これは長年の風雨をものともせず、いまも光輝いているよ、という意味でしょうか。だとしたら芭蕉は、金色堂を永遠の仏国土の象徴として捉えていたのでしょう。
奥州藤原氏が栄華をきわめていた時代、平泉には10万もの人々が暮らしていたといいます。当時、京の都の人口も10万人でしたから、中尊寺を中心とした平泉の町が、いかに栄えていたかがわかります。
残念ながら、平安末期に源頼朝に攻められ、それまで栄華を誇った平泉の町は灰燼に帰してしまいます。
いま、中尊寺の高台から平泉町の一角をのぞんでみても、田舎の風景が広がっているばかりです。
でも、耳を澄ませて、心を澄ませば、きっと感じるはず。
あの、兵(つわもの)どもが夢の跡を……。

黄金の寺、中尊寺金色堂

満足度
ニックネーム Hanbei
レビュースポットの場所 岩手県西磐井郡平泉町
平安時代に奥州藤原氏によって建立されたのが中尊寺です。その奥州藤原氏が滅亡するきっかけとなってしまったのが源義経のです。源頼朝に追われていた義経を守ろうしますが、結局は幕府に倒されてしまいます。中尊寺の中でも最も印象的なのが金色堂で、奥州藤原氏の当時の繁栄ぶりが伺えます。その黄金に輝く姿は見る人すべてを圧倒し、はるか昔に作られたと思えないほど高い技術と細かいデザインで作られています。一度は訪れたい歴史スポットです。

僻地と思えるような場所に花開いた幻の都の名残り

満足度
ニックネーム 肉食ライター
レビュースポットの場所 岩手県西磐井郡平泉町
奥州藤原氏は独特の響きがある歴史上の大きな謎です。平安京とは遠く離れたみちのくの山間(やまあい)に、京に匹敵するような都のような都市が築かれていた、ということが既に奇跡なのですから。奥州の金の産出が滞ると共に一挙に衰退し、源頼朝の手によって滅亡されますが、ここだけが比較的良い状態で残されたというのも大きな謎だと思いました。実際に現地を訪れたことがあるのですが、歴史に名を残した土地の独特の風格は確かに感じました。金色堂がコンクリート製の現在の鞘堂の中に在ることを知った時は失望もしましたが、内容は写真やその他の映像で見たよりは遥かに豪華に感じました。頼朝もここは壊さなかったということは、土地の人間の反感を買うことを恐れたのでしょうか。それはともかく、『東方見聞録』のジパングのモデルかもしれない、というのもあながちほら話ではないとも思えるようになりました。毛越寺や無量光院とは違って、寺と実感できる建物が残されている点で、ここが栄えた都であったという証拠であるという点も理解できました。ここが本格的に再現できたなら、素晴らしい東の都として世界中に発信できるでしょうが。今度訪れる機会に恵まれたなら、義経や秀衡、それに奥州藤原氏三代にも思いを馳せてみたいと思っています。

中尊寺金色堂のすごさ

満足度
ニックネーム シンディー
レビュースポットの場所 岩手県
奥州藤原氏の初代、藤原清衡が建立した寺院で、平等院鳳凰堂と共に平安時代の浄土教建築として国宝に指定されています。全面が金箔で覆われている「金色堂」は極楽浄土を意味しており、その煌びやかさと豪華さは当時の日本を彷彿させられました。しかし、ちょっとギラギラしすぎている様にも感じ、もう少し日本独特の和の雰囲気があればもっと良かったかな、と個人的には思います。しかし、インパクトは大きいので好きな歴史スポットではあります。

世界遺産

満足度
ニックネーム nico
レビュースポットの場所 岩手県
平泉が世界遺産になってから一度は行ってみたいなと思っていました。特に中尊寺金色堂はぜひみてみたいと思っていました。中尊寺金色堂までの道のりは何度か画像としてみていたので実際に歩いていると感慨深いものがありました。実際に見てみると思ったよりもこじんまりとした印象を受けました。しかしそれは私が見たお寺の中で群を抜く心を引き込まれる不思議な感覚を受けたのを今でも覚えています。世界遺産になってから観光客が増えtのが残念です。

もうひとつの都、奥州平泉が残したもの

満足度
ニックネーム あるぺん
レビュースポットの場所 岩手県西磐井郡平泉町平泉衣関202
中尊寺は岩手県平泉町にあるお寺です。平安時代末期に東北で大きな力を持っていた藤原氏とゆかりの深いお寺です。奥州藤原氏三代の時代には、平泉は都と呼んでいいほどの賑わいと力を持っていたといいます。その力の源泉の一つが特産品である黄金でした。中尊寺にある金色堂はその時代の平泉の栄華を伝える歴史スポットです。お堂全体が金箔、漆、螺鈿細工、象牙などで飾られていて、まばゆい光を放っています。現在の平泉はのどかな東北の町ですが、残された金色堂が当時の繁栄ぶりを伝えています。
  • B!