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武田信玄が住んでいた 武田神社。躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)の跡地

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甲府盆地の北部に位置する武田神社は、戦国時代に武田信虎、武田信玄、武田勝頼の武田家3代が住んでいた躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)の跡地にあります。

通常、戦国大名は城を本拠地としていますが、武田家は平時の生活に向いた屋敷を本拠地としていました。また、家臣団たちも躑躅ヶ崎館の周辺に屋敷を構えています。

これでは、他国から侵略された際の守りが手薄になるように思えますが、信玄が言ったとされる「人は城、人は石垣、人は堀、情けは見方、あだは敵」の言葉通り、信頼する家臣団と彼らが守る国境の砦・山城こそが最大の防御となると考えていたようです。

武田信玄が住んでいた武田神社

武田神社に併設されている宝物殿には、武田家ゆかりの甲冑である金小実南蛮胴具足「武田家相伝」などが展示されています。信玄とその家臣団を描いた「武田二十四将図」は歴史関係の雑誌や書籍で見たことがある方も多いと思います。

某オンラインゲームで刀剣に興味を持った方には、国の重要文化財に指定されている「吉岡一文字」がお勧めです。
そして、一番のお勧めは「孫子の旗」です。「風林火山」という言葉は信玄にまつわる言葉として一度は聞いたことがあると思いますが、これは、古代中国の兵法書「孫子」の一節「疾如風 徐如林 侵掠如火 不動如山」の通称です。

信玄はこの一節を記した軍旗に掲げて戦に望んでいました。
その本物が展示されています。

これから武田神社に行くならば、正月と4月12日がお勧めです。現在、武田神社は初詣の参拝客が山梨県で最も多い神社となっています。

正月三が日には武田神社で甘酒などが振る舞われます。また、周辺に多くの露店も並び大変なにぎわいになります。私が行った時は、猿回しも行われていました。大晦日と正月は大規模な交通規制が行われるので、駅から歩きながら露天を眺めるのがお勧めです。

一方、武田信玄の命日4月12日には、武田神社から遊亀公園の区間で「武田24将騎馬行列」が開催されています。甲冑を身につけた武者が騎馬に乗って行進する姿は迫力満点です。

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